坂本。古くは滋賀郡大友郷(しかのこおり おほとものさと)に属し、最澄が比叡山寺(延暦寺)を創建(788年)し栄えた後、比叡山麓の意から「坂本」とよばれるようになりました。そして、比叡山の京都側を西坂本、大津側を東坂本ともよばれています。
 
 中世から近世にかけて、坂本は二万人住んでいたといわれます。一山守護の地主神、天台宗守護の護法神とされた山王(日吉大社)、六十を過ぎた老僧が山を下りてふもとで住むようになった里坊。また、比叡の寺領のうち北陸や東海から運ばれてくる米は琵琶湖畔を舟で運ばれ、三津浜(今の下阪本)に陸揚げされるため、馬借、車借が発達、それらを行政的にさばく人として多くの公人も住んでいました。

 その後1427年に馬借、車借による「正長の大一揆」を起こしたり、1571年には織田信長による比叡山焼き討ちに遭い、後に豊臣秀吉によって復興されるなど、盛衰の歴史をたどってきました。

 日吉大社へ向かう日吉馬場の両側には、いまでも堂々たる石積(穴太築き)に囲まれた里坊が数多くあり、桜花乱舞、燃ゆる紅葉など、四季折々のすがたが昔のまま残っています。
 
観光マップ
(図中の白抜き名称をクリックすると詳しい情報へジャンプ)

プリントアウト用の「坂本Walk Map」も用意しました。散策の際に、ぜひご活用ください。